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休職・復職・退職にまつわる紛争リスク、労働問題専門弁護士が解説!

(更新:

健康経営が注目を集めているが、いまだ労働者の心身の健康について取組みが不足している企業は多い。

 

特にメンタルヘルス不調における休職や復職、退職に関しては、人事・労務担当者の対応いかんで、もめごとや訴訟にもなりかねない。

 

「人事・労務担当者が取るべき対応とは?」労働問題専門弁護士である、鳥飼総合法律事務所の小島健一弁護士にお話をうかがった。

 

こじれてからでは遅い!早い段階で外部の目を入れて

 

・労働者が「メンタルヘルス不調の原因は会社にある」と主張し、休職中の給与に加えて慰謝料までも要求する。

 

・ハラスメントの加害者であると主張する上司や同僚を懲戒解雇するよう強硬に要求する。

 

・休職期間満了までに復職できず退職になったが、その処分は無効だと訴える。

 

メンタルヘルスの休職・復職は、こじれてもめごとになったり、さらには訴訟になったりする例も少なくない。そうならないようにするには、どうしたらいいのだろうか。

 

うまく対応できている企業は何ができているのか。小島氏は「早い段階から外部の目を入れること」と言い切る。

 

「問題を外部に知られたくないからと当事者だけで解決しようとした結果、双方が感情的になりいっそうこじれてしまう。そうなってから弁護士に依頼するのでは遅いのです。早い段階から相談してもらえば、対応を一緒に考え、労働者の要求に対して経営として出来ることを説明し、受け入れられる範囲を提示するなど、双方の合意形成に向けた対話ができるのです。」

 

ここで、「弁護士に任せておけば安心」と思う担当者もいるかもしれない。が、弁護士が担当者に代わって相手と交渉するわけではない。

 

「たとえ労働者が外部の労働組合に加入して、団体交渉をすることになっても、対応するのはあくまでも経営者や担当者です。弁護士が出ると法律論争になり、相手はさらにヨロイを厚くするだけ。あるべき弁護士の関わりは間接的なものです。」

 

つまり、弁護士は表に出ることなく、裏方として人事・労務担当者の支え手、いわば黒子に徹するというわけだ。

 

 

白黒つけることが解決ではない。対話を重ねて納得感がある落としどころを

 

まず会社側が行うべきことは、事実確認だ。セクハラやパワハラを考えてみよう。被害を受けた側は感情的になり、相手を懲戒処分にするよう訴えてくる。しかし小島氏によれば、ハラスメントか否かは受け止め方によっても違うし、互いのボタンの掛け違いによる場合もあるなど、原因はさまざまだ。

 

第三者には、真相はわからないことも多い。被害者側の主張をそのまま事実だと認めて相手を一方的に懲罰の対象とすると、処分された側から会社が訴えられたときに敗訴する可能性もあります。」

 

一方、十分な証拠がなく懲戒処分にはできないからと人事異動という形で対処すると、今度は被害者側が「そんな程度の処分でごまかすのか」と逆上することも考えられる。そこで重要になるのは、会社側がどれだけ真相をつかもうとしたかだ。

 

被害者は自分の気持ちを聞いてほしいと思っています。被害にあったことを知って欲しい、二度と被害に遭いたくないというのが本意なのですから、本人の苦痛を受け止め、本人の訴えに沿って事実関係を調べる努力をすることです。」

 

この過程で、弁護士は書面だけでなくメールや口頭でのやり取り、関係資料も過去にさかのぼって集め、相手の心理状態も分析する。それだけではない。疲弊している人事・労務担当者をも支える。

 

「人事・労務担当者は、労働者側と会社側、どちらにも半分ずつ片足をつっこんでいるような立場で、どちらからも『あちら側の味方なんだろう』と見られがちです。担当者本人としてもジキルとハイドを演じているような気持ちになり、担当者だけで事態を収束しようとすると苦しくなります。労働者から毎回攻撃的な言葉を浴びせられ、ネガティブな感情でいっぱいになることもあります。」

 

弁護士はそんな担当者の苦労を受け止め、丁寧に話を聞いて寄り添うのだ。そうしているうちに、担当者も現状を俯瞰し、客観的に相手の思いや立場を理解できるようになるという。そして会社側ができることを考え、受け入れられる要求はあるか、譲歩する部分はあるかなどを考えられるようになるのだ。

 

「その際、相手へのメールや手紙は、関係資料と照らし合わせ、会社側の真意が伝わるよう書き方まで指導します。行間から担当者の気持ちが伝われば、相手は会社への不信が晴れ、安心感を持てるようになる。担当者の態度や行動など、言語以外のメッセージも大切なのです。」

 

こうした“対話”を重ねていくと、被害者は身に付けていたヨロイを脱ぎ、一方的な主張が和らいでいくという。

 

当事者間の対話で解決できれば、労働者は、もし退職することになったとしても、『ここまでやってくれるとは思わなかった』と一種やり遂げた感を持って、こだわりを捨てて新しいスタートを切ることができるのです。」

 

ここで集めた資料は万一裁判になった場合にも有効だ。さらに、これらの経験は担当者の知見として蓄積されていく。小島氏が介入した企業からは、再び同じような相談が来ることがないということが、それを物語っている。

 

 

 

“モグラたたき”の対処ではなく、紛争が起きない組織をつくる

 

肝要なのは、トラブルを“モグラたたき”のようにその場その場で対処するのではなく、メンタルヘルス不調やそれによるトラブルが起きにくい組織をつくることだ。

 

相次いで発覚する企業の不祥事が象徴するように、労働者が内部で声を上げられないような組織だと、声は外に向かう。訴訟で白黒つけることになったり、マスコミにリークされたりするという事態にもつながりかねない。

 

「いったん外に出てしまうと、争点が社会の構造的な問題などに移り、紛争の本質が変わってしまいます。そうなると当事者の問題意識とは別の、いわば公的な事案となってしまう。本来メンタルヘルスにかかわる問題は個別的なものだから組織内部で調整できるはずだし、そうして解決すべきです。何より、裁判は本人にとっても企業にとっても、利益は何もありません。たとえ裁判で勝てたとしても、損失は大きいのです。」

 

といっても、組織改革は人事・労務担当者だけでできるものではない。経営層がその必要性を感じないことには、実現はむずかしい。精神疾患は、一部疾患を除いた多くがいったん社会に出てから発症している。最近は、発達障害が大人になってから判明することも激増している。つまり、誰もがメンタル不調によるトラブルの被害者や加害者になる可能性がありその対策を怠ることは企業にとって大きな損失につながるのだ。

 

メンタルヘルス不調が引き起こすトラブルは、人事・労務担当者だけで対処して解決する問題ではない。経営層に、それが企業の経営リスクでもあることを認識し、「自分の問題」であると理解して取り組んでもらうような働きかけこそが、人事・労務担当者に求められているのだ

 

そのうえで、経営者や人事・労務担当者と医療、心理、福祉、法務の専門家が連携することも大切だ。そのための“司令塔”をつくろうと小島氏は呼びかける。

 

産業医がメンタルヘルス不調者対応における中心的存在ではありますが、スムーズに進めるためには、普段から社員とコミュニケーションを取れる保健師や看護師などの産業保健スタッフが間に入ってくれるとベスト。彼ら・彼女らを司令塔として情報を収集すると、産業医が力を発揮できる環境をつくることができます。」

 

メンタルヘルス不調を未然に防止する一次予防の重要性がおわかりいただけただろうか。人事・労務担当者は、経営層を巻き込み、各分野の専門家と連携して、労働者の心と身体のコンディションを整え、その能力を最大限に発揮できる環境を作ることに注力してほしい。

 

プロフィール:小島 健一(こじま けんいち)

 

 

 

鳥飼総合法律事務所(東京)パートナー弁護士。主な専門分野は、人事労務(労働法)など、人と情報に関する予防法務と紛争解決。 特にメンタルヘルス不調やハラスメントが関係する深刻な案件に数多く携わり、 近年は、産業保健全般、障害者雇用にまで活動領域を広げ、企業に対し「健康経営」推進の助言も行っている。

 

最近の著作は、連載「人事労務戦略としての健康経営」全6回(「ビジネスガイド」(日本法令)2016年10月~2017年10月)、連載「働き方改革につながる! 精神障害者雇用」全12回(「労働新聞」(労働新聞社)2017年10月~12月)等。

 

1128日には、日経ムック「社長のための残業時間規制対策」(鳥飼総合法律事務所 鳥飼重和 小島健一 監修)が日本経済新聞出版社から発売された。

 


 

文/坂口鈴香  編集/サンポナビ編集部

 

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