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片桐はじめ


著者・監修:片桐はじめ(公認心理師・臨床心理士)
目次

「5月病」や「6月病」は日常的に使われる言葉ですが、精神科・心療内科では「適応障害」として診断されるケースが大半です。
適応障害とは、ある特定の状況や出来事が耐えがたいストレスとなり、憂うつな気分や不安感から社会生活に支障をきたす状態です。
ただ、同じ適応障害でも5月病と6月病では状態の深刻さが異なります。5月病は「新しい環境への適応がうまくいかない段階」で起きるのに対し、6月病は「環境に適応しようと努力した末の、蓄積された疲労」によって生じます。
健康保険組合連合会の令和5年度調査によると、適応障害を含む神経症性障害の外来受診者数は4月から7月にかけて徐々に増加し、7月が春〜夏における局所的なピークを迎えます。
受診を検討するほどの状態に達するまでの時間を逆算すると、入社時期に積み重なったストレスが6月に限界を迎え、夏にかけて顕在化していることが見えてきます。
出典:令和5年度被保険者のメンタル系疾患の受診動向等に関する調査(健康保険組合連合会)

メンタルヘルス不調の状態にある人に「頑張れ」と伝えても届かないのは、意志の弱さではありません。
慢性的なストレスは、脳の働きを物理的に変えてしまうからです。
ストレスが続くと、脳はそれに対処しようとして「ストレスホルモン」の一種であるコルチゾールを分泌します。
コルチゾールは、いわば「緊急対応モード」のスイッチです。ストレスに適応するため短期的には有用ですが、問題は、スイッチが入りっぱなしになったときです。
コルチゾールが長期間にわたって出続けると、不安感や不眠、イライラなどの「緊急対応モード」としての症状が顕著になります。
さらに、記憶や感情を処理する脳の「海馬」における神経回路の機能が低下します。
この海馬にはコルチゾールの分泌を抑えるブレーキ役もあるため、機能が落ちるとブレーキが利かなくなり、ストレスホルモンがさらに出続けるという悪循環が生まれてしまうのです。
また、梅雨の時期は日照時間の減少で気分を安定させる神経伝達物質(セロトニン)が減り、気圧の変化や高湿度が自律神経を乱すため、睡眠の質の低下や倦怠感も重なります。
「休みたいのに眠れない」「些細なことで涙が出る」というのは、脳がストレスに対処できない状態になっているものといえます。
新入社員が不調をきたす要因の一つに、「リアリティ・ショック」があります。
これは、「理想の職場や活躍する自分」という入社前のイメージと、実際の業務との間に乖離があった際に受ける心理的な衝撃を指し、新社会人の76.6%が経験するというデータもあります。
出典:就職活動と入社後の実態に関する定量調査 結果報告書│パーソル総合研究所
具体的には「仕事が難しくて自分には無理かもしれない」「職場では誰にも相談できない」といった感覚です。
日本の実証研究においても、リアリティ・ショックは組織への帰属意識を低下させ、早期離職のリスクを高めることが示されています。

出典:リアリティ・ショックが若年就業者の組織適応に与える影響の実証研究│組織科学
多くの企業では1か月ほど研修を行い、5月前後に現場へ配属されます。
指示通りに動けばよかった研修期間から一転、現場では『何をどこまでやるべきか』『自分はどう評価されているのか』が見えにくくなります。この曖昧さが漠然とした不安を生み、入社以来の蓄積疲労と重なって6月に不調をきたすのです。

「理想と現実のギャップなんて昔からあった」「それを乗り越えてこそ成長できる」という見方は、あながち間違いではありません。
リアリティ・ショックを経験し、それを乗り越えた人が仕事観や価値観を鍛え、組織の中で自分の立ち位置を見つけていきます。
ただし、それが成立していたのは、終身雇用という前提があったからです。現代は転職が当たり前になり、「ここで耐えた先に何があるのか」というリターンが見えにくい状況にあります。
さらに、現代の若者が育ってきた環境も影響しています。パーソル総合研究所の調査によると、20代の約4割が「子どもの頃、弱音を吐いたら誰かが助けてくれた」と回答しており、30〜40代の2〜3割を上回っています。
つまり、「弱音を吐けば誰かが助けてくれる環境」で育った世代が、耐えた先の見返りがあいまいなまま、研修期間を終えて突然「自律的な行動」を求められる現場に配属されるのです。
昔ならば乗り越えられたストレスが病理化してしまう原因は、個人の精神的な弱さではなく、この構造的なギャップにあります。
出典:若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査│パーソル総合研究所
また、新入社員のメンタル不調の予兆を放置することは、企業にとって次の3つのリスクを生む可能性があります。
出典:若手従業員のメンタルヘルス不調についての定量調査│パーソル総合研究所
こうしたリスクを避けるためには、新入社員を「守る」だけでなく、壁を「乗り越えてもらう」ための体系的な支援が必要です。

入社前のインターンシップが、リアリティ・ショックの軽減に有効であることが研究で示されています。
入社前の就業経験がなかった者と比べて、入社前に職場の中長期インターンシップを経験した者は「条件ショック」、「仕事ショック」、「他者能力ショック」、短期インターンシップを経験した者も「仕事ショック」、「他者能力ショック」といった入社後リアリティ・ショックの軽減に効果があったことが示された。また、早期離職行動も抑制されていることが明らかとなった。
出典:入社前のインターンシップ、アルバイト経験と入社後のリアリティ・ショック、早期離職行動との関連性│インターンシップ研究年報
インターンシップを実施していない場合でも、入社前に人事担当者が面談を行い、過度な期待やイメージを抱いていないかを確認しておくことが有益です。
期待が強すぎる場合は、現場のオリエンテーションなどを通じてギャップを埋める努力をしておきましょう。
若者がリアリティ・ショックを乗り越えにくいのは「耐えた先に何があるかわからない」という不透明感が原因の一つです。
管理職が「自分もこの時期はつらかった、でもこう乗り越えた」という経験を1on1ミーティングで共有し、新入社員が先の見通しを持てるよう支援します。
管理職から新入社員に経験を共有する際には、以下のポイントに注意することで、より伝わりやすくなります。
目的はあくまで「見通しを持ってもらうこと」です。新入社員の価値観を優先した対応を行うことで、伝わりやすくなります。
新入社員の中には、「上司や同僚には心配をかけたくない(あるいは、評価を気にして相談したくない)」「日頃の1on1では本音を言い出しにくい」と感じる人も少なくありません。
そこで、業務上身近な人間関係から切り離された「第三者の相談窓口」として、産業医や保健師による全員対象の定期面談を組み込みます。
相談の場を「弱いから行く場所」ではなく「全員が受ける仕組み」として本人の心理的ハードルを下げることで、メンタル不調の予防策として機能させることができます。

厳しい経験は人を成長させます。しかし、それは心身が健康であってこそ成立します。
入社後のリアリティ・ショックは、社会人としての価値観を鍛えるための「通過儀礼」でもあります。この通過儀礼を途中でリタイアさせることなく完遂してもらうためには、気合や根性に頼るのではなく、医学的な根拠にもとづいた支援体制が欠かせません。
新入社員が健康に働き続けられる環境を整え、共に働き、共に成長する組織文化を作ること。それこそが、現代の企業に求められる人材活用のあり方ではないでしょうか。
株式会社エムステージでは、メンタルヘルス不調の防止や職場のコミュニケーション活性化など、様々な目的・課題に応じた研修サービスを提供しています。
講義形式だけではなく、グループワークなどを盛り込んだ参加型セミナーなど、貴社の課題解決に向けた研修テーマや実施方法をご提案いたします。新入社員向けや管理職向けなど、階層別の実施も可能です。
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