「パワハラが怖い」部下の指導を避けていませんか?心理学で読み解く”適切な指導”の境界線
片桐はじめ


著者・監修:片桐はじめ(公認心理師・臨床心理士)
目次
「遠慮」と「配慮」は違う?若手が本当に望むコミュニケーションとは

7月は四半期評価面談のシーズンです。「部下からパワハラと言われたらどうしよう」と萎縮し、適切なフィードバックを避けてしまう管理職は少なくありません。
しかし、若手の声は違います。3,933人の新入社員を対象とした、ラーニングイノベーション総合研究所の「新入社員意識調査2025」によると、キャリアアップにつながる理想の上司像の1位は「間違いを指摘して正してくれる」(56.3%)でした。
若手が求めているのは「優しい上司」ではなく「率直に言ってくれる上司」であることがうかがえます。
つまり、伝えるべきことを伝えたうえで相手が受け取りやすい言葉を選ぶ「配慮」こそが求められているのであり、伝えること自体を控えてしまう「遠慮」とは異なります。
出典:「新入社員意識調査2025(3933人が考える成長に必要なもの編)」│ALL DIFFERENT株式会社の調査・研究機関であるラーニングイノベーション総合研究所
フィードバックを避け続けてしまう心理
管理職が適切なフィードバックを避け続け、それが常態化してしまう背景には、 ある心理的なメカニズムがあります。
「率直に指摘したらパワハラだと思われるかもしれない」という不安から指摘を控えると、実際にパワハラだと言われるリスクを回避できるため、安堵感を覚えます。
この「回避行動によって嫌な事象が起きなかった」という体験が学習され、次回も同様に指摘を避けようとする動機が強まります。
このメカニズムで問題なのは、避け続けている限り「率直に伝えたことで、部下の成長につながった」と実感する機会が得られないことです。
本当は率直に指摘してもよいかもしれないのに、それを確かめる経験がないまま「言わないほうが安全」という思い込みだけが定着してしまいます。
こうして「遠慮」が習慣化し、建設的なコミュニケーションが生まれにくくなるのです。
「率直に言ってほしい」の裏にあるニーズ
では若手は「何でも言ってほしい」と思っているのでしょうか。そう単純でもありません。
ラーニングイノベーション総合研究所の調査で理想の上司像の2位は「具体的に手順を細かく教えてくれる」(43.0%)です。
1位と合わせると、若手が求めているのは「自分の何が間違っているかを明確にし、どう直せばいいかまで示してくれる指導」だと読み取れます。
この背景には「タイパ世代」の特性があります。動画やSNSで事前に正解を把握してから行動する習慣が身についた若手世代にとって、「背中を見て学べ」は非効率に映るでしょう。
また、指摘をせず、曖昧なまま済ませる上司は成長の機会を奪う存在にすら見えかねません。
つまり「率直に言ってほしい」の裏にあるのは、「効率よくスキルを身につけたい」というニーズです。
上司が「率直に言った」つもりでも、若手が「成長に役立つ」と受け取れなければフィードバックは機能しません。
ただし、「どこからがパワハラか」があいまいだと、率直な指摘自体ができません。まずは法律上の境界線を確認しましょう。
出典:「新入社員意識調査2025(3933人が考える成長に必要なもの編)」│ALL DIFFERENT株式会社の調査・研究機関であるラーニングイノベーション総合研究所
法律が定める「パワハラ」と「指導」の境界線

厚生労働省の指針(令和2年告示)では、パワーハラスメントは次の3要件をすべて満たすものと定義されています。
- 優越的な関係を背景とした言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
- 労働者の就業環境が害されるもの
※事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)(厚生労働省)を編集して作成
この3つをすべて満たして初めてパワハラに該当します。裏を返せば、業務改善を目的とした具体的な指摘はパワハラには当たりません。
たとえば、提出期限を守れなかった部下に「次回は〇日前に一度見せてほしい」と改善策を提示するのは指導です。
一方、「何度言ったらわかるんだ、無能にもほどがある」と人格を否定すればパワハラに該当しえます。
また、口調が穏やかでも特定の部下だけ会議に呼ばない、情報を共有しないなどの行為は「人間関係からの切り離し」に該当しうる点も見落とせません。
ただし、「業務上必要かつ相当な範囲」は社風や業種で幅があり、完全にグレーゾーンをなくすことは難しいのも事実です。だからこそ、面談前に次の3つを自問してみてください。
- 目的:相手の成長を促すことが目的か(感情の発散になっていないか)
- 手段:人格攻撃ではなく、行動や事実にフォーカスしているか
- 場とタイミング:1対1の場で、相手が受け止められるタイミングか
こうした基準がわかれば、「何を言ってもパワハラになるかもしれない」という漠然とした不安は和らぎます。
「事実だけ」では伝わらない?フィードバックの”質”を変えてみる

フィードバック手法のフレームワークは数多くあり、管理職研修で学ぶことも多いでしょう。
多くは「感情や自分の解釈ではなく、事実ベースで伝える」ことを重視します。
ただし、型に忠実であることと相手の成長に寄与することはイコールではありません。
たとえば、四半期評価面談で「今期の目標達成率は70%だった。未達の原因を分析して、来期の改善計画を出してほしい」と伝えたとします。
事実にもとづいており、次のアクションも明確で、フレームワークとしては正しいでしょう。
しかし、「なぜ達成できなかったのか」への関心や「来期をどう進めるか」を一緒に考える姿勢がありません。
上司は「率直に伝えた」つもりでも、部下には「評定を伝えられただけ」としか映らないのです。
これが、上司が考える「率直」と若手が求める「率直」のズレといえます。
事実と解釈を「わけたうえで、解釈も伝える」
大切なのは、事実と解釈を分けたうえで、「解釈も伝えること」です。
同じ場面で、こう伝えてみるとどうでしょうか。
「今期の達成率は70%だったね。普段の仕事ぶりを見ていると力がある人だと思っているから、何か進めにくいことがあったのかなと気になっていて。もし困っていたことがあれば来期の進め方を一緒に考えたいんだけど、実際どうだった?」
この伝え方には以下の要素が含まれています。
- 事実:「達成率は70%」
- 普段との差分への関心:「普段の仕事ぶりを見ていると力がある」で通常の仕事ぶりを認めている
- 解釈(独断ではなく推測として):「何か進めにくいことがあったのかなと気になっていて」
- 一緒に考える姿勢:「来期の進め方を一緒に考えたい」
- 確認(部下に委ねる):「実際どうだった?」で部下自身が説明する余地を残す
なぜこの伝え方が効果的なのか
人は「自分で決められている」「自分にはできる力がある」「周囲とつながっている」と感じられるとき、内側からのやる気が高まるとされています。
心理学ではこれを「自己決定理論」と呼び、それぞれ「自律性」「有能感」「関係性」という3つの心理的欲求として整理しています。
先ほどの伝え方では、「実際どうだった?」が自律性を、「来期の進め方を一緒に考えたい」が関係性を、「力がある人だと思っている」が有能感をそれぞれ支えています。
さらに、この伝え方は前章で述べた若手世代のニーズにも合致しています。
何が課題かが明確で、改善の方向性も示されている。「背中を見て学べ」ではなく、成長への道筋が見えるからこそ、若手は「この上司のもとなら成長ができる」と感じます。
フレームワークの「型」ではなく、この「質」を意識することが、ハラスメントにならず成長実感につながるフィードバックの核心です。
人事が主導する「適切な指導」ができる環境づくり

ここまで述べてきた内容は、いずれも管理職個人のスキルに依存します。組織の仕組みがなければ属人的なまま終わります。
まず、管理職研修で「事実と解釈を分けたうえで解釈も共有する」伝え方を扱いましょう。
評価面談シーズンにはイントラネットやメールなどでポイントをリマインドし、面談前に意識を整えられるようにします。
次に、面談ガイドラインの明文化です。
「人格否定はNG」「1対1の場で行う」「相手の意見を聞く時間を必ず設ける」などを文書化し、判断基準を組織として統一します。
前章の「3つの自問」をガイドラインに組み込むのも有効です。
そして見落とされがちなのが、管理職自身のケアです。
評価面談は管理職にとってもストレスがかかる場面です。面談前に簡易なセルフチェックリストを配布したり、管理職同士が悩みを共有できるピアサポートの場を設けたりすることで、「指導する側」の負担も軽減できます。
「指導しない」がハラスメントになりうることも
「パワハラが怖いから何も言わない」のは配慮ではなく、遠慮です。
そして、その遠慮こそが若手の成長機会を静かに奪っているのかもしれません。
伝え方のフレームワークを機械的に当てはめるのではなく、事実と解釈を分けたうえで「自分はこう感じたが、あなたはどう思う?」と問いかける。
その一歩が、7月の評価面談を双方にとっての「成長の場」に変えていきます。
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片桐はじめ 公認心理師・臨床心理士
精神科病院、心療内科クリニックの心理職として、精神疾患を抱える方や働く人のカウンセリングや心理療法等に従事。
現職の経験を活かし、メンタルヘルス・産業保健領域でのWebライター、インタビューライターとして活動中。

