労働災害が発生した時の会社の対応|労災申請の拒否や報告漏れによるリスクを解説
サンポナビ編集部


労働災害が発生した時、会社には適切な初動と申請フローに沿った対応が求められます。
会社には労災申請の助力義務があり、事業主証明の拒否などによる「申請の妨害」や、法的な報告義務である「労働者死傷病報告の未提出」は、重大なペナルティを伴う「労災隠し」とみなされるリスクがあります。
本記事では、発生直後の対応や申請フロー、会社が負う責任、トラブル対処法まで人事労務担当者の実務目線で簡潔に解説します。
本記事は一般的な解説であり、実際の判断や手続きは所轄の労働基準監督署や顧問社労士・弁護士等の専門家へ確認してください。
監修:舘野 聡子(公認心理士・特定社会保険労務士・シニア産業カウンセラー・メンタルヘルス法務主任者)
目次
労働災害が発生したら会社が対応するべき5つのステップ
「労働災害が起きてしまったら、人事労務や現場担当者はまず何をすればいいの?」
パニックになりやすい有事だからこそ、まずは以下の5つのステップを頭に入れ、現在地を確認しながら進めましょう。

STEP①【初動対応】被災者の安全確保
STEP②【事故状況の把握】労基署への届出
STEP③【申請準備】助力義務と災害の種類を把握
STEP④【申請手続き】各種労災給付の提出書類を確認
STEP⑤【再発防止】対策の検討と実施
STEP①【初動対応】被災者の安全確保
災害が発生した際、会社が最優先すべきは責任の所在探しではなく、被災者の安全確保です。
直ちに作業を停止させて応急手当や救命措置を行い、危険エリアへの立ち入りを制限して二次災害の防止を徹底します。
死亡、意識不明、重篤な怪我、火災、倒壊などの重大災害時の場合、「直ちに」管轄の労働基準監督署や警察署へ電話で一報を入れる必要があります。
病院への搬送・受付時に確認すべき2つのポイント
被災者を病院へ搬送・受診させる際、「病院の選び方」と「保険証の取り扱い」について注意が必要です。
1.「労災指定病院」と「指定外の一般病院」で支払い方法が異なるため注意
受診した病院が「労災指定」か「指定外」かによって、窓口での治療費の支払い方法(その場での負担ゼロか、本人が一度10割を全額立て替えるか)が大きく異なります。
※具体的な申請手順や違いの詳細は、後述の【申請編】で詳しく解説します。
また、救急搬送などで指定病院を選べない場合もあります。
事業場周辺の指定病院リスト(夜間・休日含む)を日頃から整備しておくと良いでしょう。
2.健康保険(マイナ保険証・資格確認書)は使用しない
業務や通勤が原因の傷病は労災保険の対象であり、健康保険証は使用できません。
窓口で必ず「労災扱いでお願いします」と伝えるよう、あらかじめ従業員に周知しておきましょう。
誤って健康保険証で受診してしまった場合は、早急に医療機関や健康保険組合へ相談して労災への切り替え手続きを進めてください。
対応が遅れるほど本人負担の期間が長引き、会社への不信感に直結するリスクがあります。
※お仕事でのケガ等には、労災保険!(厚生労働省)を編集して作成
STEP②【事故状況の把握】労基署への届出
被災者の救護後は、速やかに事故状況を調査し記録を行います。災害の規模によって会社がとるべき対応が異なります。
重大災害の場合
警察や労働基準監督署による捜査対象となるため、行政による検証が終わるまで現場を片付けずに保存(現場保存)し、事情聴取に誠実に協力します。
重大災害ではない場合
行政調査は入りませんが、後の「言った言わない」のトラブルを防ぐため、会社主導で即日調査を行います。
現場が片付く前に「スマホ等での写真・動画撮影」と「当日中の本人・目撃者へのヒアリング」を徹底してください。
災害の規模に関わらず、発生直後に正確な事実を記録しておくことは、報告書の作成をスムーズにするだけでなく、将来的な法的紛争(安全配慮義務違反の追及など)のリスクから会社を守る最大の防衛策となります。
労働基準監督署への届出
労働災害により労働者が休業または死亡した場合、労基署へ「労働者死傷病報告」の提出が義務付けられています。
- 休業4日以上の場合: 「遅滞なく」提出(※原則として、被災の事実を知った後、速やかに対応)。
- 休業1〜3日の場合: 四半期ごとにまとめて提出。
提出を怠ったり虚偽の内容で報告したりする行為は「労災隠し」とみなされ、50万円以下の罰金刑が科される重大な犯罪です。
なお、令和7年(2025年)1月より労働者死傷病報告の報告事項が改正され、電子申請が義務化されています。
STEP③【申請準備】助力義務と災害の種類を把握
各種給付の請求書類を作成する前に、まず人事労務担当者が押さえておくべき「会社の立場(法律上の義務)」と「請求書類の仕分けルール」があります。
手続きをスムーズに進め、不要な労使トラブルを防ぐためのポイントは以下の2点です。
会社が果たすべき「助力義務」とは
被災した従業員が重傷で入院しているなど、本人による手続きが困難な場合に、会社が申請手続きを支援しなくてはならない義務です。(労働者災害補償保険法施行規則第23条)
必要書類の取り寄せ、記載に必要な情報の整理、医療機関への確認、労基署への提出代行などをおこないます。
POINT!「会社の認否」とは切り分ける
会社は給付請求に必要な証明を求められたとき、すみやかに証明をしなければなりません。
「会社が労災と認めるかどうか」と「助力義務を果たすこと」は別問題です。会社側が「労災ではない」と不服がある場合でも、申請手続き自体を拒否・妨害することは認められません。
助力を拒むと、従業員が単独で労災申請に踏み切り、会社側が事実関係を整理できないまま労基署の調査が入り、労使トラブルや紛争に発展しやすくなります。
「業務災害」と「通勤災害」の違い
労災の種類によって、提出する請求書類が異なります。
どちらに該当するか迷った場合は、所轄の労働基準監督署へ状況を相談して判断を仰ぎましょう。
業務災害:業務中の負傷・疾病
「業務遂行性(会社の支配・管理下にあるか)」と「業務起因性(業務が原因で発生したか)」の2つが判断軸です。
就業時間中というだけでなく、仕事の内容や会社の指示、作業環境が原因であるかという点で判断されます。
通勤災害:通勤途中の負傷・疾病
自宅と会社の往復が「合理的な経路と方法」で行われていたかが判断軸となります。
通勤途中の飲酒や映画館への立ち寄りなどは逸脱・中断とみなされ、その後の移動は労災対象外になります。
ただし、「日用品の買い物」や「受診」など日常生活に不可欠な最小限の行為であれば、元の経路に戻った後は再び通勤災害として認められます。
STEP④【申請手続き】各種労災給付の提出書類を確認
労災保険の給付は、被災した従業員の状況(治療・休業・後遺障害・死亡)に応じて、手続きや提出書類が異なります。
それぞれの概要と提出書類について解説します。
1.療養(補償)給付の請求
従業員がケガや病気の治療を受けた際の「治療費」に関する手続きです。受診した病院が「指定病院」か「指定外の一般病院」かで手続き方法が異なります。
労災指定病院を受診した場合(現物給付)
窓口での自己負担はありません。会社が作成した「様式第5号(通勤災害は様式第16号の3)」を病院の窓口に提出し、病院から労基署へ提出してもらう流れになります。
一般の病院を受診した場合(現金給付)
窓口で本人が10割全額立て替えます。その後、会社が「様式第7号(通勤災害は様式第16号の5)」を作成し、病院の領収書を添付して労基署へ直接請求します。
療養(補償)給付の手続きは、病院以外にも薬局や整骨院などの窓口ごとに、それぞれの様式を提出する必要があります。
「整骨院にも通い始めた」「薬局で薬を受け取った」など、利用する窓口が増えたタイミングで、それぞれに対応した必要書類が揃っているかを必ず確認してください。
※療養(補償)等給付 の請求手続 (厚生労働省)を編集して作成
2.休業(補償)給付の請求
療養のために働くことができず、賃金を受け取れない日が発生した際、その生活を補償する手続きです。
原則として休業4日目から支給対象となります。
待機期間となる最初の3日間は労災保険からは支給されないため、会社が平均賃金の6割以上の「休業手当」を支払うなどの対応(社内の賃金処理)が必要です。
請求には「様式第8号(通勤災害は様式第16号の6)」を作成します。
この書類には、休業した日数や過去3ヶ月分の賃金支払い状況を記載する「平均賃金算定内訳」があります。
休業日数のカウントに誤りがないよう、事前にタイムカードや賃金台帳との整合性を必ず確認してください。
※休業(補償)等給付・傷病(補償)等年金の請求手続(厚生労働省)を編集して作成
3.その他の給付手続き(障害補償・遺族補償など)
被災した従業員の状況により、必要となる手続きが異なります。
治療後も後遺障害が残る場合
医師から「症状固定(これ以上治療しても改善しない状態)」と診断された後、「障害補償給付」の手続きへ移行します。
会社側で障害の程度を決めつけず、医師の診断書の取得サポートを優先しましょう。
死亡事故が発生した場合
遺族への補償(遺族補償給付・葬祭料)の手続きを行います。
突然の事態に直面している遺族の心理的負担を最小限に抑えるため、連絡窓口を人事労務担当者に一本化し、会社が主体となって迅速かつ誠実に書類作成や手続きのサポートを行います。
※障害(補償)等給付の請求手続(厚生労働省)、遺族(補償)等給付葬祭料等(葬祭給付)の請求手続(厚生労働省)を編集して作成
各様式については労働基準監督署に設置してあるほか、フォーマットが厚生労働省のホームページでダウンロードすることができますので、記入事項などを確認しておきましょう。
▼以下のリンクにて労災申請の様式がダウンロードできます。
厚生労働省「主要様式ダウンロードコーナー (労災保険給付関係主要様式)」
STEP⑤【再発防止】対策の検討と実施
労災対応の真のゴールは、二度と同じ労働災害を起こさないための再発防止策を講じることです。
根本原因の追究(ハード・ソフト両面)
事故原因を単に「本人の不注意」という個人の問題で終わらせず、設備上の欠陥(ハード)やマニュアルの形骸化(ソフト)といった組織的な要因から探ります。
安全対策のルール化と現場への落とし込み
改訂した作業手順書をもとに全社的な安全教育(KYT:危険予知訓練など)を行い、再発防止策を現場のルールとして落とし込みます。
対策や原因分析が不十分な場合、労基署から是正勧告を招く原因になります。
さらに「会社は安全を軽視している」という不信感が広がり、優秀な人材の離職や組織崩壊に直結するリスクがあります。
労災申請に関するよくある質問
Q1. 休憩中・出張中・社内イベントのケガは労災になりますか?
休憩中:私的行為のため原則対象外です。ただし、会社の施設不備(壊れた椅子での転倒など)が原因なら対象となります。
出張中:行程全体が会社の管理下にあるため原則対象となります。極端な私的行動中のケガを除き、認められる可能性が高いです。
社内イベント:「参加強制(業務扱い)」があったかで判断されます。自由参加なら対象外ですが、不参加は欠勤扱いになるなど、実質的な義務があれば対象となります。
Q2. 被災状況について従業員と会社の主張が食い違っています。
感情論を避け、客観的な証拠(勤怠、チャット履歴、入退館ログ、医師の初診所見など)を時系列で整理します。
請求書の事業主証明欄には「会社が確認できる事実」のみを書き、相違点や不明点は「確認できないため不明」とした上で、会社の客観的な意見書(根拠資料)を別紙で労基署へ提出しましょう。
Q3.会社が労災と認めない場合、申請手続きを拒否しても良いでしょうか?
申請権はあくまで労働者本人にあるため、会社が証明を拒んでも本人は単独で申請が可能です。
また、会社には被災した従業員の請求手続きを助ける「助力の義務」が課せられています。
会社がこの義務を怠って手続きを妨害すると、のちに「労災隠し」を疑われたり、安全配慮義務違反による損害賠償請求など、大きな紛争に発展するリスクが極めて高くなります。
申請手続き自体は進めつつ、「会社としての意見(客観的な事実と根拠)」を別紙で労基署へ直接提出し、最終判断を委ねるのが正しい実務対応です。
Q4.パート・アルバイト・派遣社員が被災した場合はどうすればいいですか?
雇用形態に関係なく全員が労災保険の対象です。正社員と同じ手順で対応しましょう。
派遣社員については雇用主である「派遣元」が事業主証明を行います。派遣先は事実関係の情報を提供する必要があります。
なお、労働者死傷病報告は「派遣先」と「派遣元」の双方がそれぞれ個別に提出する義務があります。派遣先の出し忘れが非常に多いため、事故後はただちに派遣元と連携してください。
Q5.「精神障害」は労災になりますか?
精神障害(うつ病などのメンタル不調)による労災請求は近年急増しています。精神障害の労災認定は、以下の3つの要件を満たしているかで判断します。
1.認定基準の対象となる精神障害を発病していること
2.認定基準の対象となる発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による「強い心理的負荷(ストレス)」があったこと
3.業務以外の要因(プライベートな離婚、借金など)や個体的要因(既往歴など)による発病ではないこと
社内でハラスメント等の疑いがある場合、ヒアリング記録や本人の日記・メモなどが重要な証拠資料となります。
ただし、「調査目的」で集めたセンシティブな個人情報を、本人の承諾なしに会社判断で労基署に提出することは、プライバシー侵害や目的外利用のトラブルを招くため注意が必要です。
労災を未然に防ぐ「社内体制」と「産業保健」の構築
労災対応は「起きてからの手続き」だけでなく、「有事に迷わない体制」と「起きないための予防の仕組み」を整えておくことが重要です。
属人的な対応を脱し、実務で機能する体制づくりのポイントをまとめます。
有事に慌てないための「労災対応マニュアル」の整備
初動のミスや手続きの遅れを防ぐため、救護・搬送から連絡・記録までを網羅した「時系列の初動フロー」と、受診時の領収書管理や本人配布書類を明確にした「チェックリスト」を事前に共通化しておきます。
さらに、ハラスメントやメンタル不調のケースに備えて閲覧権限を制限する「情報取扱ルール」を定め、年に一度の訓練や棚卸しを通じてマニュアルを実務に合わせて継続的に更新することが重要です。
労災を未然に防ぐ「産業保健体制」の構築
特にメンタル不調や過重労働による労災は、予兆の段階でいかに早く気づき、介入できるかが分かれ目となります。
- 早期介入の仕組み: 長時間労働者への面接指導、ストレスチェック後の確実な面談運用の実行。
- 復職支援の標準化: 休職者の復職可否の判断基準、業務配慮、再発防止フォローのプロセスを仕組み化し、職場復帰後の再発を防ぎます。
- コストから「投資」へ: 産業保健の整備は、事故や法的訴訟、人材離職といった大きな損失を未然に防ぐための重要な安全投資です。
株式会社エムステージでは、産業保健体制の構築から運用まで一貫してサポート可能です。資料請求は無料ですのでお気軽にお問合せください。
舘野 聡子 公認心理師・特定社会保険労務士・シニア産業カウンセラー・メンタルヘルス法務主任者
筑波大学大学院卒。大学卒業後、民間企業・社労士事務所等に勤務し、ハラスメント問題を中心としたコンサルティング業務に従事。その後、産業医事務所の事務長として産業保健領域での問題解決及び産業医・産業保健師のマネジメント等を行う。 2015 年に社会保険労務士として独立後、産業保健領域を専門に活動。 特に企業の職場復帰支援プログラムの構築を多数実施。休職者へのカウンセリング、企業担当者へ産業保健についてのコンサルテーションも多数実施【保有資格】 特定社会保険労務士 公認心理師 シニア産業カウンセラー メンタルヘルス法務主任者 他

