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夏バテは身体の問題だけではないー夏の職場で削られる“心のゆと...

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夏バテは身体の問題だけではないー夏の職場で削られる“心のゆとり”の守り方

著者・監修:片桐はじめ(公認心理師・臨床心理士)

暑さで削られるのは、体力だけではない

 

年々増加する熱中症の死傷者数からもわかるように、近年の暑さは私たちの身体に深刻な負担を与えています。 

 

厚生労働省の集計によれば、令和6年における職場での熱中症による死傷者数は1,257人と、統計開始以来最多を記録しました。令和7年はさらに約43%増加し、1,803人に達しています。

 

2025 年(令和7年)職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)(厚生労働省)を編集して作成

 

しかし、暑さによるリスクは熱中症のような急性の症状だけではありません。夏バテのようにじわじわと体力や気力を削り、判断力や周りへの気配りといった「仕事に必要な心のゆとり」まで奪っていくのです。

 

 まず低下するのは、判断力や注意力です。

 

アメリカのハーバード大学の研究チームが行った研究によると冷房のない建物で過ごした被験者は、基準時および冷房群と比較して、認知機能が4.1〜13.4%低下したことがわかっています。

出典:Cedeño Laurent JG, et al. Reduced cognitive function during a heat wave among residents of non-air-conditioned buildings” PLOS Medicine 15(7): e1002605,2018

 

「うっかりミスが増える」「集中が続かない」といった夏場の“あるある”は、気合の問題ではなく身体反応として起きている可能性が高いということです。

 

続いて、気分にも影響します。

日本生気象学会では、気象の変化と体調・気分の関係について次のように述べられています。

 

気象の変化の影響によって生じる、あるいは気象の変化によって悪化しやすい病気が認知されています。

これらを総称して気象病と呼ばれています。また、病気とはいえない体調不良や気分の落ち込みの原因としても気象の変化が関係することが示唆されています。

引用:気象病•天気痛研究委員会 | 日本生気象学会

 


暑熱下では体温を保つために身体が余計なエネルギーを使っていて、その負荷がイライラや不機嫌、注意の途切れといった形で表面化してきます。

 

夏場に「なぜかイライラする」「気分が沈む」「集中が続かない」と感じるとき、気の緩みではなく、身体反応の延長線上で起きている可能性が高いでしょう。

 

そしてもうひとつ、静かに削られるのが他者への気配りです。

 

判断力が落ち、気分が乱れているとき、周囲へ配慮できなくなるのはむしろ自然な反応です。

 

夏場に「どうも職場がギスギスする」「衝突が増える」と感じられるとき、暑さで心のゆとりが薄くなっていることが背景にあるケースは少なくありません。

 

「冷房を強めれば解決」ではない—個人差という盲点

 

オフィスにいる冷え性の女性

では、職場の冷房を強くして涼しくなれば解決するかというと、そう簡単ではありません。同じ室温でも「暑い」「寒い」の感じ方には、個人差があるからです。

 

温度とパフォーマンスの性差を調べた米国の研究によると、数学課題では、室温が上がるほど女性のパフォーマンスは向上し、男性のパフォーマンスは低下する傾向がみられました。

周囲温度が1℃上昇するごとに、女性が正解した数学問題の数は0.17問(1.76%)増加したことが報告されています。

出典:Chang TY, Kajackaite A. “Battle for the thermostat: Gender and the effect of temperature on cognitive performance.” PLOS ONE 14(5): e0216362, 2019

 

同じ温度でも、心地よく働ける温度が男女で異なるのです。

 

日本の研究でも同様の傾向が確認されています。ダイキン工業と理化学研究所が2020年に発表した共同研究では、快適な室温について次のような結果が報告されています。

 

男性は24-26℃、女性は26℃で最も快適性が高くなる傾向がみられたが、女性の場合は、28℃でも湿度を55%以下に抑えることで、室温26℃の時と同等の快適性を感じられた。一方で、男性は28℃で調湿するよりも温度を24-26℃に下げる方がより良い評価が得られた。

引用:適で健康な空間づくりに向けた共同研究で室温28℃でも湿度を下げれば疲労軽減に有効であることを実証│ダイキン工業株式会社

 

男女でこのような差が出る背景には、筋肉量や体脂肪率といった身体組成の違い、およびそれに伴う安静時代謝量の差が影響していると考えられます。 

 

ここで押さえておきたいのは、感じ方の違いは「わがまま」でも「気のせい」でもない、ということです。生理的に異なる以上、同じ室温で全員が快適に過ごすのはそもそも難しい、と考えたほうが自然でしょう。

 

しかし、多くの職場では「寒い」や「暑い」といった感覚を言い出しにくい空気があります。

結果として、冷房設定をどう調整しても、誰かの不満が水面下で残り続ける状況になります。

 

温度を巡る“言い出せなさ”が、心をさらに削る

 

そして、この「言い出せない我慢」が続く状況は、従業員のメンタル面に静かに影響を及ぼします。

 

「寒いけど言えない」「暑いけど周りが我慢しているから自分も」と、日々小さく気持ちを押し込めていくとき、その気持ちはそのまま消えるわけではありません。

 

心の内側で別の感情に姿を変え、「我慢しなければいけない自分」への苛立ちや周囲への静かな不満として溜まっていきます。

 

とくに、従業員がある日突然、人事にクレームを入れてくるケースがしばしばみられます。「なぜ今さら」「なぜあの人が」と映るこうした場面の背景に、日々の我慢の蓄積があることは少なくありません。

 

人事労務担当者が困惑しがちなケースの一部に、実は環境ストレスの限界サインが隠れている可能性があります。

 

感情に踏み込まず、“ルール”と“環境設定”で先回りする

 

オフィス

 

こうした話を聞くと、「では、一人ひとりの価値観をすり合わせる場を設けよう」と考えたくなるかもしれません。

 

ただ、感情や価値観の対話には終わりがなく、担当者側の疲弊も避けられません。

 

感情に立ち入る必要のない仕組みで、対立が起きる前に対処する方法が現実的です。具体的には、「ルール」と「環境設定」が必要です。

 

対策①:対話方法をルールで決めておく

温度に関する要望を「個人対個人」の言い合いにならないよう、誰でも同じ方法で意見を上げられる方法を用意しておきます。

具体的には、匿名で温度に関する要望を出せるフォームを設けることが有効です。

 

また、意見を切り出すときには「アサーション」と呼ばれるコミュニケーション技法が役に立ちます。

アサーションは、相手も自分も尊重する伝え方を型として身につけるもので、心理学や産業カウンセリングの領域で広く用いられています。

この型を簡単なガイドとして社内配布するだけでも、雰囲気はずいぶん変わります。

 

ガイドに入れておくとよい要素として、例えば以下の3つが挙げられます。

 

言い方の型 具体例・説明
事実と自分の感覚を分けて伝える 「暑い」ではなく「窓側は日差しが強く、集中しづらい」のように、状況と自分の状態をわけて言葉にする。
否定ではなく提案の形にする 「この温度設定は間違い」ではなく「26℃で30分試して様子を見ませんか」と、相手を否定せず検証として扱う。
相手の立場も一緒に置く 「寒がりの方もいると思うので、その分は羽織り物を用意します」など、自分の要望と相手の事情を並べる姿勢を示す。

 

あわせて、衛生委員会の議題として「温度環境」を毎回取り扱ったりするなどの仕掛けも大切です。個人が声を上げる前に、組織として定期的に検討される状態を作れます。

 

対策②:環境設定で境界線を引く

環境と設備で境界線を引く、物理的な対策です。具体的には、以下のような方法が挙げられます。

 

  • 席のゾーニングエアコンの風向きや日当たりを考慮して、暑がりの人が座る席と寒がりの人が座る席を予めエリアわけする
  • 個別調整器具の会社支給・持参の推奨:膝掛けや卓上ファン、羽織り物などの支給、または持参を推奨する
  • 服装規定の緩和:暑がりの人にはジャケット着用を必須にしない、寒がりの人はカーディガンやストールを羽織ってよい、などのルール改定を行う

 

また、職場の温度設定の基準として、事務所衛生基準規則で定められた「気温18〜28℃」を採用しているところも多いでしょう。

 

しかし、18〜28℃は事務所衛生基準規則が努力目標として示す幅であり、実際に多くの人が快適に働ける範囲はもっと狭い、という点は押さえておきたいところです。

 

先ほど紹介した実験や研究からは、快適さの評価は男性で24〜26℃、女性で26℃前後にピークがあることが示唆されています。

実運用ではこの体感差を踏まえて、26℃前後を目安に置くのが妥当でしょう。

 

こうした打ち手は、いずれも「誰が正しいか」を決める必要のない解決策です。

 

感じ方が違うことを前提にして、温度を巡る不満を、従業員同士の感情問題ではなく組織の仕組みで受け止めていくことが消耗の少ない対策となります。

 

この夏の衛生委員会に、二つの視点を

 

夏の職場で削られているのは、体力だけではありません。

判断力、気分、そして周りへの気配りといった、日々の仕事を支える“心のゆとり”が同時に細っていきます。

それを個々の従業員の頑張りや、価値観の対話に頼ろうとすると、人事労務にも従業員にもまた別の負担がのしかかります。

 

今年の夏の衛生委員会では、①温度の話をする対話のルールを整える②席のゾーニングや個別調整器具など物理環境を整える、この二つの視点で議題を一つずつ持ち込んでみてはいかがでしょうか。

感情に踏み込まず、夏のヒヤリハットや突発的なクレームを減らしていく道は、この二つの先にあります。

 

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この記事の監修者
公認心理師・臨床心理士
精神科病院、心療内科クリニックの心理職として、精神疾患を抱える方や働く人のカウンセリングや心理療法等に従事。
現職の経験を活かし、メンタルヘルス・産業保健領域でのWebライター、インタビューライターとして活動中。

片桐はじめ

公認心理師・臨床心理士
精神科病院、心療内科クリニックの心理職として、精神疾患を抱える方や働く人のカウンセリングや心理療法等に従事。
現職の経験を活かし、メンタルヘルス・産業保健領域でのWebライター、インタビューライターとして活動中。

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