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甘中 亜耶


2026年4月、労働安全衛生法の改正に伴い、高年齢労働者の労働災害防止対策を講じることが企業の「努力義務」に変わりました。
本記事では、2026年の改正で実務の何が変わったのか、人事労務として押さえておくべき取り組み時のポイントを最新の指針に沿って解説します。
目次

「高年齢労働者の労働災害防止対策」とは、加齢に伴う身体機能の低下や認知機能の変化を踏まえ、高年齢者が安全かつ健康に働き続けられるように職場環境・規則を整えることです。
これまで、高年齢労働者の安全確保対策の指標となっていたのが、「エイジフレンドリーガイドライン」です。2026年(令和8年)4月1日の法改正に合わせ、このエイジフレンドリーガイドラインは廃止され、新たに労働安全衛生法第62条の2に基づく「高年齢労働者の労働災害防止対策指針」へと移行しました。
法的根拠を持つ「指針」へと格上げされたことで、企業にはより実効性のある対応が求められるようになりました。安全配慮義務を果たす上でも、この指針に沿ったプロセスが実務のスタンダードになることを認識しておきましょう。
少子高齢化が進み労働力不足が深刻化する中、厚生労働省は高年齢者雇用(シニア雇用)に関する制度の整備を段階的に進めてきました。その結果、2024年のデータでは60~64歳の就業率が74.3%、65~69歳でも53.6%に達するなど、高年齢者の就労は一般化しています。
しかし、就業率の上昇とともに無視できなくなっているのが、労働災害の発生リスクです。労働災害による休業4日以上の死傷者に占める60歳以上の割合は30.0%に到達しています。
こうした社会情勢を背景に、高年齢労働者の特性に配慮した措置を講じることが求められるようになっています。
※2024年度 労働力調査(総務省)、令和6年労働災害発生状況について(厚生労働省)、高年齢者の労働災害防止のための指針(厚生労働省)を編集して作成
高年齢労働者の労働災害防止対策の主な対象は「概ね60歳以上」の労働者です。
ただし、指針における対象の考え方は、年齢の数字だけに基づくものではありません。
事故防止の観点からリスクが高まる60代以上の労働者を中心としつつも、身体機能の低下は高年齢者に限られるものではないため、事業場の状況によって青年・壮年期の労働者も対象に含む場合があることが特徴です。
※「高年齢者の労働災害防止のための指針」(厚生労働省)を編集して作成

新指針を読み解くと、単に高年齢者の労働災害防止対策が努力義務化しただけでなく、実務上の考え方がいくつかアップデートされていることがわかります。
人事労務担当者が押さえておくべき主要な変更点は以下の4つです。
今回の法改正により、労働安全衛生法(安衛法)において、事業者が高年齢者の特性に配慮した措置を講じることが「努力義務」として明確に規定されました(安衛法第62条の2第1項)。
あわせて、その措置を適切かつ有効に実施するための必要な基準として、新たに「高年齢者の労働災害防止のための指針」が公示されました(同条第2項)。
これまでの任意のガイドラインとは異なり、法律上の努力義務を果たすための明確な指針がセットで提示されたことで、企業にはより実効性のある対応が求められます。
従来のガイドラインでは、労働者個人の健康づくりや事業者の取り組みへの協力姿勢も求められていました。
対して指針では、事業者が主導して、労働者が健康づくりに努められるよう連携・協力体制を整えていくことがより明確に求められています。
労働施策総合推進法に基づく「治療と就業の両立支援指針」などとの連携が明文化されました。高年齢者の場合、慢性的な疾患を抱えながら働くケースも多いため、病気の治療と仕事を両立させるための支援体制を整えることも求められます。
治療と仕事の両立支援について、詳しくはこちらの記事もご覧ください。
職場環境の改善への取組と安全衛生教育を組み合わせることで「労働災害防止の効果が高まることから、〔中略〕併せて行うことが望ましいこと」という一文が追加されました。 つまり、設備などのハード面の改善と、教育などのソフト面の対策を一体的に実施することが望ましいと言えるでしょう。

「努力義務だから」と高年齢者の労働災害防止対策を後回しにすることは、企業にとって大きなリスクを孕みます。事故が起きてから「知らなかった」では済まされない、3つのリスクを解説します。
今回の法改正で指針が明示されたことにより、企業が負うべき安全配慮義務の具体的な内容が明確化されました。
万が一労災が発生した際、企業が合理的な理由がなく、指針に沿った対策を講じていなかった場合、事故を予見し回避するための努力が不足していたとみなされる可能性が高まります。
その結果、安全配慮義務違反として多額の損害賠償を命じられる可能性も否定できません。裁判になれば、企業の法的責任を厳しく問われる時代になっているのです。
高年齢者の労働災害防止対策は、特定の年齢層だけにかかわる問題ではありません。若手従業員も職場の安全性をチェックしています。
職場に危険が放置され怪我をしやすい環境のままでは、「この会社で長く働き続けることは難しい」と不安を抱かせ、離職を加速させる要因になりかねません。安全配慮を欠く職場は、世代を問わず優秀な人材から選ばれなくなるという現実に直面しています。
ESG経営や人的資本経営への関心が高まる中、従業員の安全と健康をどう守っているかは、企業の価値を測る重要な尺度です。労災対策を軽視する姿勢は、人を大切にしない企業というレッテルを貼られることに直結します。
これは単なるイメージダウンに留まりません。大企業やグローバル企業では、仕入先や協力会社が労働条件や人権などへ配慮しているかを厳しくチェックしています。
そのため、対策を怠ったまま放置することは、取引先からの契約打ち切りや投資家による評価ダウンなど、企業の持続可能性そのものを脅かす経営上のダメージとなり得ます。
高年齢者の労働災害防止対策において、企業にはどのような取り組みが求められるのでしょうか。指針に基づき、実務上のポイントを5つ紹介します。
高年齢労働者の安全確保を担当者任せにせず、組織の仕組みとして定着させるための土台作りです。具体的には、以下のプロセスが必要です。
高年齢者の身体機能の変化(視力・聴力の低下、筋力や平衡感覚の変化等)によって、どのような作業に危険が生じるかを特定します。
特定したリスクに基づき、危険な作業の廃止や変更、マニュアル整備、身体的な負荷を軽減する設備・装備の導入等の措置内容を決定します。
高年齢者の個々の能力を引き出すためには、職場環境の改善が欠かせません。指針に基づき以下の2軸で環境を整えましょう。
【環境改善の具体例】
雇入時および定期の健康診断に加え、継続的な体力チェックを行うことで、事業者・本人の双方が健康や体力の状況を客観的に把握できるようにします。
なお、不利益な取り扱いを防止するため、事前に情報の取扱方法や同意取得に関するルールを整備する必要があります。
無理のない働き方を実現するためには、柔軟な発想で措置を講じることも推奨されます。
例えば、一人の負担が大きすぎる業務を複数の労働者で分け合うワークシェアリングの導入は、高年齢者の疲労蓄積を防ぐ有効な手段です。
また、「治療と就業の両立支援指針」に基づき、通院が必要な疾患を抱える従業員が仕事を諦めずに済むような支援体制を整備することも、企業としての重要な責務となります。
具体的には、基礎疾患の罹患状況を踏まえて、労働時間の短縮や深夜業の回数の減少、作業転換などの配慮をする必要があります。
安全衛生教育では、高年齢者本人の意識向上と、それを支える管理監督者という二段構えの教育が必要です。
オフィスで働く従業員と現場で働く従業員では、発生しやすい労災リスクの種類や原因は異なります。自社の業種や作業特性に合わせて、どのような事故対策が必要か検討しましょう。
| 業種 | 主なリスク | 具体的な改善策 |
| 製造業 | ・転倒
・墜落・転倒 ・腰痛 ・はさまれ・巻き込まれ |
・通路は十分な幅を確保し、整理整頓する
・高所作業をさせる場合は、手すり等を設ける ・機械の危険な部分に接触することがないようガードを設ける |
| 建設業 | ・転倒
・墜落・転落 ・腰痛 ・熱中症 |
・安全に移動できる十分な明るさを確保する
・ひねり・前かがみなど不自然な作業姿勢を取らせないようにする ・熱中症発生の危険性に応じて、作業の中止・時間短縮を検討する |
| 交通運輸業 | ・転倒
・腰痛 ・交通労働災害 |
・肘の曲げ角度が90度になるよう作業台の高さを調整する
・長時間走行・深夜・早朝などの走行を避けて運転する |
※「エイジアクション100」(中央労働災害防止協会)より一部抜粋・編集して作成

労働災害防止対策を検討する中で、専門的な知見の不足やコストの壁に直面した際は、国や専門機関が提供する支援制度を活用することが、対策をスムーズに進める鍵となります。
環境整備にかかる費用を抑えるために、以下の公的支援の活用を検討しましょう。
ここでは、「エイジフレンドリー補助金」を活用した企業の取組事例を紹介します。補助金の活用方法やどのような効果が得られたのか、自社での取組の参考にしてください。
有限会社日本クオリティセンター
他社を定年退職した後に再就職する従業員が多い同社では、高年齢労働者の割合が高く、倉庫業の現場における業務中のケガの発生に課題感を持っていました。
そこで、作業通路の段差をなくすスロープ化や、腰痛対策としてのハンドパレットトラック及びパワーアシストスーツを導入。さらに、交通労働災害防止のために社用車に急発進防止装置を設置しました。現場のニーズに基づいた改善は従業員からも好評を得ています。
※「エイジフレンドリー補助金活用好事例」(厚生労働省・千葉労働局)を編集して作成
株式会社東京湾横断道路サービス
高速道路のサービスエリアで働く清掃作業員を対象に、ウェアラブルデバイスを導入。広大なエリアで個々に分かれて作業するスタッフの体調をリアルタイムで把握し、熱中症の初期状態をすばやく察知することが可能になりました。
異常を検知した際には会社側から即座に連絡が取れる仕組みを整えており、遠隔での安全管理を実現しています。
※「エイジフレンドリー補助金活用好事例」(厚生労働省・千葉労働局)を編集して作成
株式会社朝日ターフメンテナンス
ゴルフ場での芝生管理という屋外作業が多い環境下で、熱中症防止対策は必須でした。同社では、高年齢労働者分の空調服を購入し高機能な装備で身体的負担を軽減しています。
※「エイジフレンドリー補助金活用好事例」(厚生労働省・千葉労働局)を編集して作成

深刻な人手不足が続く中、高年齢者が安全かつ意欲的に活躍できる環境を整備することは、いまや企業の持続可能性を左右する不可欠な戦略といえます。
労働災害を防ぐには、実効性のある安全衛生管理体制の構築と、高年齢者の特性に関して医学的知見を持つ産業医との連携が欠かせません。
そして、高年齢者はもちろん、すべての従業員が安全に働ける職場環境の整備が組織の基盤となります。
株式会社エムステージが提供する「健康経営トータルサポート」は、産業医や保健師の人材紹介により、健康診断後の日常的なフォローから、職場の状況や環境に合わせて啓もう活動まで、労働安全の体制構築の整備をサポートします。高年齢者の労働災害防止対策をはじめ、産業保健にかかわるお悩みがある際は、ぜひご相談ください。
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