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<産業医コラム>熱中症に関わる法改正の概要と対策のポイント

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<産業医コラム>熱中症に関わる法改正の概要と対策のポイント

(更新:2025/6/18)

山田 耕太郎

ペットボトルで水分補給する男性作業員
ペットボトルで水分補給する男性作業員

1.法改正の背景

2025年6月1日より労働安全衛生規則が改正され熱中症対策について新たな規定が追加されたことはご存じでしょうか。

 

労働安全衛生法の制定以降、労働災害による死亡者数は全体として減少傾向にありますが、熱中症による死亡災害は年間30件前後で推移しており、減少が見られない状況です。そのため、全体の死亡災害に占める熱中症の割合はむしろ増加傾向にあります。

 

現在の熱中症に関わる法的な規制を確認してみますと、熱中症リスクのある作業自体が多種多様であるためか個別具体的な対策はほとんど記されておらず、令和3年4月20日基発0420第3号「職場における熱中症予防基本対策要綱の策定について」を始めとした行政通達に基づいて事業者が自主的に熱中症対策を実施しているのが実情です。

 

<熱中症対策に関わる主な法令>

 

・労働基準法施行規則第18条

多量の高熱物体を取り扱う業務および著しく暑熱な場所における業務では、2時間を超えて労働時間を延長してはならない。

 

・労働安全衛生規則第45条

事業者は、著しく暑熱な場所の業務に常時従事する労働者に対し、当該業務への配置換えの際及び6月以内ごとに1回、定期健康診断を行わなければならない。

 

・労働安全衛生規則第587条

暑熱の屋内作業場は6か月以内ごとに1回、作業環境測定を行わなければならない。

 

・労働安全衛生規則第614

業者は、著しく暑熱な作業場においては、作業場外に休憩の設備を設けなければならない。

 

・労働安全衛生規則第617条

事業者は、多量の発汗を伴う作業場においては、労働者に与えるために、塩および飲料水

をえなければならない。

 

そのため実際の対策内容や取り組みに対する熱意は、事業所によって大きな差があるのが現状です。

 

また熱中症はその重症度により、以下の3段階に分類されます。

 

Ⅰ度(軽度):立ちくらみ、生あくび、筋肉痛、こむら返りなど、意識障害を認めない

Ⅱ度(中等度):Ⅰ度の症状に加え、頭痛、吐き気、倦怠感、軽度の意識障害を認める

Ⅲ度(重度):重度の意識障害、けいれん等生命に関わる重篤な状態。

 

通常、熱中症はⅠ度から徐々に進行しますが、Ⅰ度の段階で適切な対応を行えば、ほとんどの死亡災害は予防できます。逆に言えば現在我が国の熱中症対策は早期発見・早期対応に課題があると言え、今回の法改正は熱中症の重症化予防にフォーカスした内容になっています。

 

2.改正内容

改正の内容は以下の2点になりますが、共通するのは「体制の整備」と「関係する作業者への周知」を事業者に義務付けている点です。

 

1「熱中症の自覚症状がある作業者」、「熱中症のおそれがある作業者を見つけた者」

がその旨を報告するための体制(連絡先や担当者)を事業場ごとにあらかじめ定め、関係作業者に対して周知すること

 

2 熱中症を生ずるおそれのある作業を行う際に、

 ①作業からの離脱

 ②身体の冷却

 ③必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせること

 ④事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の連絡先及び所在地等

など、熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置に関する内容や実施手順を事業場ごとにあらかじめ定め、関係作業者に対して周知すること

 

分かりやすく言えば、図のような(疑いを含む)熱中症発生時の対応フロー図を作成(体制の整備)し、作業者が分かりやすい場所に緊急連絡先と並列して掲示(関係労働者への周知)することになります。

熱中症のおそれのある者に対する処置の例

出典:https://jsite.mhlw.go.jp/toyama-roudoukyoku/content/contents/002212913.pdf

 

フロー図作成のポイント

 

・「いつもと何となく違う」は意識障害のサイン

 

多くの熱中症発生時の対応フロー図において、意識障害の有無でその場で医療機関に繋げるかの判定がされていますが、医学的な専門知識のない多くの方は、受け答えができていれば意識障害はないと考えがちです。結果医療機関へ搬送すべき病状であるのに経過観察と判定され、重症化してしまう可能性があります。

意識障害の定義についてはフロー図だけでなく熱中症防止に関わる労働衛生教育においても強調しておくことが重要です。

 

・熱中症は涼しい環境に避難したあとも進行することがある

 

熱中症の病態は暑熱環境による体温上昇に対して、発汗等の体温を下げる自律神経の働きが追い付かなくなったり、著しい発汗により体内の水分と塩分のバランスが崩れたりすることで、体温の調整機能が破綻した状態です。そのため発見時は経過観察が可能な病状であってもその後体温が下がらず病状が進行する場合があります。このような急変に対応できるよう経過観察中は一人にせず監督をつけるようにしましょう。

 

・フロー図は休憩所等、実際に応急処置を行う場所に掲示する

 

実際に熱中症が発生した際に対応を行うのはその場にいる作業者になりますが、応急処置の教育を受けた作業者でも、緊急時にすべての対応を記憶しているとは限りません。特に刻一刻を争う状況ではパニックに陥る可能性もあります。

分かりやすいフロー図を作成し、休憩室等、実際に応急処置を行う場所に掲示しておくことで落ち着いて対応することができるようになります。

 

3.おわりに

 

熱中症発生時の対応フロー図を中心に熱中症に関わる法改正の背景と改正内容のポイントについて解説しました。熱中症の早期発見・早期対応が重要であることは言うまでもありませんが、熱中症の初期症状は外見からの判別は難しく不調者本人の申告でしか気づけないことがほとんどです。しかし不調を自覚しながらも作業を中断することへの罪悪感や症状が軽度であるが故に我慢をしてしまい、結果として対応が遅れ重症化してしまうケースも少なくありません。

日ごろからお互いに声を掛け合い、体調不良の申出がしやすい明るい職場風土を作ることで熱中症による死亡災害ゼロを目指していきましょう。

 

参考

・中災防 熱中症予防対策のためのリスクアセスメントマニュアル(製造業向け)

 

文章出典:​​​​​​​人事・総務向け「ウェルビーイング経営」サポートメディア「ウェルナレ」専門家記事より寄稿

 

この記事の著者

山田 耕太郎

山田 耕太郎

山田労働衛生・労務コンサルティング
日本医師会 認定産業医
社会医学系専門医 産業衛生専門医
労働衛生コンサルタント
社会保険労務士