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運輸業での産業医の選び方は?選任基準や事例、ミスマッチを防ぐ...

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運輸業での産業医の選び方は?選任基準や事例、ミスマッチを防ぐ方法

片桐はじめ

運輸業での産業医の選び方は?選任基準や事例、ミスマッチを防ぐ方法
運輸業での産業医の選び方は?選任基準や事例、ミスマッチを防ぐ方法

「2024年問題」による長時間労働対策や健康起因事故の防止対策など、運輸業における健康管理の重要性は年々高まっています。

 

しかし、現場では「不規則な勤務体系で産業医との面談設定が困難」「睡眠時無呼吸症候群(SAS)や生活習慣病対策など、業界特有のリスクにどこまで踏み込めばよいかわからない」といった悩みが絶えません。

 

本記事では、運輸業における産業医の選任基準や役割、業界特有のリスクに対応できる医師選びのポイントを解説します。ミスマッチを防ぎ、実効性のある安全衛生体制を構築するためのヒントとしてお役立てください。

 

運輸業における産業医の選任義務

 

荷物の宅配業務に従事する従業員のイメージ

 

運輸業において、産業医の選任が必要となる法的な基準や条件は以下の2つです。

 

  • 事業場単位で「50人以上」が選任の基準
  • 深夜業務を含む場合は「専属」などの要件が異なる

 

1.産業医の選任義務が発生する「50人の壁」

労働安全衛生法により、常時使用する労働者が50人以上の事業場では、産業医を選任する義務があります(労働安全衛生法第13条)。

 

「50人以上」の基準は、企業全体の従業員数ではなく、「事業場単位」で判断される点に注意が必要です。例えば、本社や営業所、配送センターなどが離れた場所にある場合、それぞれの拠点で労働者数をカウントします。

 

また、「常時使用する労働者」には正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトも含まれます。繁忙期のみ雇用する短期アルバイトなども、契約形態や勤務実態によってはカウントの対象となる場合があるため、正確に把握しましょう。

 

事業場の規模を判断するときの「常時使用する労働者の数」はどのように数えるのでしょうか。(厚生労働省)を編集して作成

 

2.従業員数と有害業務の従事者数による「専属」の要件

産業医の選任義務がある事業場のうち、常時50〜999名の労働者がいる事業場は非常勤の「嘱託産業医」の選任で要件を満たしますが、事業場規模や業務内容によっては、企業に常駐する「専属産業医」を選ばなければなりません。

 

専属産業医とは、その事業場に専属して産業保健業務を行う医師のことです。一般的には週3~5日程度、事業場の所定労働時間に合わせて勤務し、企業の健康管理に深く関与します。

 

  • 常時1,000人以上の労働者がいる事業場
    事業場の労働者数が常時1,000人以上の場合、業務内容に関わらず専属産業医の選任が1人義務付けられます。常時3,000人以上の場合は2名以上の専属産業医の選任が必要です。

 

  • 有害業務に常時500人以上が従事する事業場
    1,000人未満の事業場であっても、特定の「有害業務」に常時500人以上が従事している場合は専属の要件が発生します。(労働安全衛生規則第13条第1項第3号)

 

  • 運輸業においては、「深夜業(午後10時〜午前5時※)」や「重量物の取扱い業務」、「低温物体・寒冷業務」などが有害業務に該当します。

 

トラックターミナルや24時間稼働の物流センターなどは、条件に該当する可能性があるため、注意が必要です。

 

※厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域または期間について午後11時~午前6時までを深夜業とすることがあります。

 

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選任しない場合の罰則と安全配慮義務違反

選任義務があるにもかかわらず産業医を選任しない場合、50万円以下の罰金が科される可能性があります(労働安全衛生法第120条)。

法令違反が発覚して行政処分や報道がなされれば、社会的信用が失われ、顧客や取引先からの契約打ち切りを招くなど、経営に大きなダメージを与えかねません。

 

万が一、ドライバーが事故を起こした際に企業が安全配慮義務を怠っていたと判断された場合には、被害に遭った第三者やドライバー本人(または遺族)に対して、損害賠償責任を負うおそれもあります。

 

なお、名義貸し産業医のように実態のない選任も、義務を果たしていないとみなされる場合があるため、実効性のある産業保健活動を行える医師を選任することが必要です。

 

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運輸業における産業医の役割

 

運輸業に従事する従業員の面談を実施する産業医のイメージ

 

多岐にわたる職種が含まれる運輸業では、職種ごとに異なるリスク管理が求められます。運輸業の中でも鉄道運転士やフォークリフト作業者など、それぞれの現場特有の課題がありますが、中でも特に喫緊の課題となっているのが、ドライバーの不規則な勤務や長距離運転に伴う健康リスクです。

 

こうした複雑な現場環境において、産業医が担うべき主な役割は以下の4点に集約されます。

 

  • 健康起因事故の未然防止
  • 作業中の労働災害対策
  • 時間外労働の上限規制(2024年問題)に伴う長時間労働対策
  • カスハラや事故後のメンタルヘルス対策

 

1.健康起因事故の未然防止

トラックやバス、鉄道などの運転業務において、運転者の健康状態は事故リスクに直結します。産業医は医学的知見からリスクを評価し、事故を未然に防ぐ役割を担います。

業務上のリスクにつながる疾患として、脳・心臓疾患や睡眠時無呼吸症候群(SAS)が挙げられます。

 

代表的なリスク疾患①脳・心臓疾患

 

事業用自動車の運転中に発生した疾病による事故等のうち、心筋梗塞やくも膜下出血、大動脈瘤、大動脈解離などの脳・心臓疾患が30%を占めています

脳・心臓疾患は、前触れなく発症して意識消失を伴うことが多いため、運転中の発症は重大事故につながる危険性があります。

 

運輸業では乗務前の点呼により運転者の健康状態を把握することが義務付けられており、日々の体調確認が事故防止には必要不可欠です。

 

産業医は定期健康診断の結果を確認し、血圧や血糖値などのデータに基づいて運転者をリスク別に分類します。「要医療」レベルの運転者を特定し、適切な就業区分の判定を行うとともに、再検査や精密検査の受診を確実に促すことが必要です。

 

健康起因事故及び飲酒運転の防止に係る 国土交通省の取組(国土交通省)、事業用自動車の運転者の健康管理マニュアル  (国土交通省)を編集して作成

 

代表的なリスク疾患②:睡眠時無呼吸症候群(SAS)

 

睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に呼吸が浅くなったり止まったりする状態を繰り返す睡眠障害です。睡眠の質が低下し、日中の眠気を引き起こすため、居眠り運転や漫然運転の原因となります。

 

国土交通省の調査では、SASに罹患しているドライバーの事故リスクは、SASではない人の約2.4倍とされています。重大事故の原因として、早期発見と適切な対応が不可欠です。

 

産業医は、SASのスクリーニング検査の導入や実施計画の策定を支援し、検査結果にもとづいて精密検査の受診勧奨や就業判定を行います。

なお、貨物自動車運送事業報告規則が改正され、2025年4月より事故報告書に「事故前後のSASスクリーニング検査の実施状況」の記載が必要となりました。SAS対策は法令順守の観点からも欠かせない取組といえます。

 

自動車運送事業者における 睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル ~SAS対策の必要性と活用~(国土交通省)、健康起因事故及び飲酒運転の防止に係る 国土交通省の取組(国土交通省)を編集して作成

 

2.作業中の労働災害対策

荷役作業中の労働災害は、陸上貨物運送事業全体の約1割を占めており、対策が必要です。特に荷台からの転落や墜落、無理な姿勢での作業による腰痛などが多発しています。

 

これはトラックドライバーに限らず、倉庫内作業を行うフォークリフトやクレーン作業者などの職種にも共通する課題です。フォークリフトやクレーンを使用する際には、定期自主検査や使用ルールの遵守といった安全対策の徹底が不可欠です。

 

産業医は職場巡視などを通じて、作業環境や手順に危険がないかを確認します。そのうえで、安全な昇降設備の設置や、腰痛予防のためのストレッチ指導など、医学的視点に基づいた具体的な改善策を助言します。

 

荷役作業での労働災害を防止しましょう!(厚生労働省)を編集して作成

 

3.時間外労働の上限規制(2024年問題)に伴う長時間労働対策

「2024年問題」として知られる時間外労働の上限規制適用により、運輸業ではこれまで以上に厳格な労働時間管理が求められています。拘束時間の短縮は疲労回復に寄与する一方で、人員不足による個々の負担増などの新たなストレス要因が課題の一つです。

 

産業医は、長時間労働者に対する面接指導を行い、心身の健康状態を確認します。疲労の蓄積が認められる場合には、事業者に対して就業上の措置に関する意見を述べ、過重労働による健康障害を防ぎます。

 

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4.運転者の孤独感解消とメンタルヘルス対策

長距離ドライバーは単独での業務時間が長く、物理的にも心理的にも孤立しやすい傾向にあります。

運転中は一人で瞬時の判断を下し、安全運行への重い責任を負い続けなければなりません。さらに、渋滞やトラブル発生時にもすぐに同僚や上司に相談できない環境は、ストレスが蓄積する要因となります。

 

こうした業務上の特徴から、ドライバーは孤独感を深めやすく、メンタルヘルス不調を引き起こすケースが少なくありません。

 

産業医は、面談を通じてドライバーの「話す場」を確保し、孤独感を和らげる役割を担います。また、衛生委員会などで、点呼時のコミュニケーション強化や相談窓口の周知を提案し、組織として「孤立させない」仕組みづくりを支援します。

 

運輸業での産業医選びのポイント

 

トラックドライバーのイメージ

 

運輸業特有の課題に対応し、現場で信頼される産業医を選ぶためのポイントは以下の3つです。

 

  • 業界の特殊性(不規則な勤務形態・企業文化)への理解
  • 乗務可否を判断できる専門性の有無
  • 法改正への高い即応性

 

1.業界の特殊性(不規則な勤務形態・企業文化)への理解

運輸業の中でも、特に道路貨物運送業(運送業)の現場は、深夜・早朝を含む不規則なシフトや長時間の運転業務が常態化しやすい環境です。

 

そのため、「規則正しい生活とバランスの良い食事」といった一般的な指導だけでは、現場の実情に即していないことがあります。コンビニや高速道路のSA・PAなどでの食事を想定した現実的な栄養指導や、待機時間にできる疲労回復法など、運転者が実践しやすい助言ができる医師が望まれます。

 

2.乗務可否を判断できる専門性の有無

産業医には、健康診断の結果や高血圧・糖尿病などの持病から、「安全に運転業務に従事できるか」を医学的に判断する力が求められます。主治医が「日常生活に支障なし」としていても、プロの運転者として乗務させるにはリスクが高いケースがあるからです。

 

また、深夜業を含む業務に従事する従業員に対しては、6か月に1回の定期健康診断(特定業務従事者の健康診断)を実施する必要があります(労働安全衛生規則第45条)。

こうした法定要件を把握し、休職からの復職時には「試し出庫」などの段階的なプログラムを提案できる専門性があるかを確認しましょう。

 

3.法改正への高い即応性

運輸業は、改善基準告示の改正やSAS対策の強化など、安全衛生に関する法規制が頻繁に見直される業種です。

例えば、熱中症による労働災害の深刻化を背景に、2025年5月に施行された改正労働安全衛生規則では、熱中症の「早期発見の体制」や「重症化を防ぐための実施手順」の整備・周知が、罰則付きで義務化されました。

 

そのため、法令が改正されるたびに、社内規定や運用ルールをアップデートする必要があります。

最新の法改正情報をキャッチアップし、自社の状況に合わせて「何をいつまでにすべきか」を具体的に助言できる産業医を選ぶことが、コンプライアンスリスクの回避につながります。

 

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運輸業での産業医導入事例

 

電車の運転手

 

実際に運輸業の企業が産業医を活用し、職場環境の改善や安全管理の強化につなげた事例を3つ紹介します。

 

1.女性宿泊勤務の環境改善と専門視点でのパトロール(神戸新交通株式会社)

神戸新交通株式会社では、女性運転士の宿泊勤務開始に伴い、産業医面談を実施しました。産業医面談を通じて女性特有の健康課題や不安をヒアリングし、医師の助言をもとに仮眠室や浴室などの設備環境を改善しています。

 

また、年3回実施する大規模な安全衛生パトロールに産業医が同行。「照度不足」や「地域特有の生物被害のリスク」など、医学・労働衛生の専門家ならではの視点で具体的な指摘を受け、照度不足への対策につなげました。

 

メンタルヘルスケアにおいても、上司による1on1と産業医面談、外部の相談窓口を組み合わせることで、不調の早期発見体制を整備しています。

 

参考:産業医面談で把握できた女性従業員の声|神戸新交通株式会社が取り組む職場環境改善の事例株式会社エムステージ 健康経営トータルサポート

 

2.職場巡視や衛生委員会の実効性向上(株式会社埼玉交通)

タクシー事業を展開する株式会社埼玉交通では、従業員の平均年齢が高く、深夜勤務による不規則な生活や生活習慣病リスクが課題でした。健康診断は実施していたものの、「受けて終わり」になりがちで、従業員の健康意識向上が求められていました。

 

そこで、産業医との連携を強化し、毎月の職場巡視や衛生委員会を活性化させます。専門的な立場からの意見を取り入れることで、会社として職場環境を整備する意識を高めることに成功しました。また、入社時や長期欠勤者への面談でも、産業医が従業員一人ひとりに寄り添った対応を行うことで、安心感のある職場づくりに寄与しています。

 

参考:「お客様の安心と安全のために」株式会社埼玉交通が取り組む産業保健活動株式会社エムステージ 健康経営トータルサポート

 

3.クラウド管理で全国3,000拠点の産業医業務を標準化(ヤマト運輸株式会社)

ヤマト運輸株式会社は、全国に3,000を超える拠点があり、拠点ごとに契約している産業医の業務品質にバラつきがあることが課題でした。また、法令で定められた職場巡視や指導が均質に行われているかを管理するのが負担になっていました。

 

そこで、産業保健業務管理クラウド「エムコネクト(現:Sanpo360)」を導入し、産業医による職場巡視や安全衛生委員会の記録を一元管理する体制を構築しました。これにより、全国どの拠点でも法令にもとづいた産業医業務が確実に実施されるようになり、全社的な安全衛生レベルの標準化とコンプライアンス遵守を実現しています。

 

参考:全国に3,000拠点以上を構えるヤマト運輸が進める産業保健とは?産業医の体制構築と健康経営の取り組みについて株式会社エムステージ 健康経営トータルサポート

 

確実な安全運行と事故防止には産業医との連携が不可欠

 

運輸業において、脳・心臓疾患やSASによる健康起因事故、荷役作業中の労働災害やメンタルヘルス不調の予防は、安全運行を支えるうえで不可欠です。

 

こうしたリスクを未然に防ぎ、適切に対応するためには、医学的知見に加え、運輸現場の実態に精通した産業医の存在が求められます。現場の状況に則した健康指導や職場環境改善提案を産業医が行うことは、従業員の健康を守り、ひいては重大な事故を未然に防ぐことにつながるでしょう。

 

株式会社エムステージの産業医紹介サービスでは、豊富な登録産業医の中から、貴社の課題や業界特性に最適な産業医をマッチングします。

選任後の業務サポートも充実しているので、初めて産業医を選任する場合でも安心して運用いただけます。まずは一度、お気軽にご相談ください。

 

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この記事の著者

片桐はじめ

片桐はじめ

公認心理師・臨床心理士
精神科病院、心療内科クリニックの心理職として、精神疾患を抱える方や働く人のカウンセリングや心理療法等に従事。
現職の経験を活かし、メンタルヘルス・産業保健領域でのWebライター、インタビューライターとして活動中。