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<産業医コラム>治療と仕事の両立支援の質を高めるために~臨床を経験している医師の活用メリット~

安藤 明美

<産業医コラム>治療と仕事の両立支援の質を高めるために~臨床を経験している医師の活用メリット~
<産業医コラム>治療と仕事の両立支援の質を高めるために~臨床を経験している医師の活用メリット~

治療と仕事の両立支援が努力義務となります

 

令和8年4月1日から「労働施策総合推進法の一部を改正する法律(令和7年第63号)」によって治療と仕事の両立支援への取り組みが努力義務として施行されます。対象は雇用形態を問わずすべての従業員で、反復・継続した治療が必要なあらゆる病気が含まれます。

 

人的資本経営を重視するこれからの企業にとって重要なテーマでもあり、基本方針の表明や社内研修の実施、相談窓口の明確化、個人情報の適切な管理に加え、時間単位の有給休暇や病気休暇、時差出勤、テレワーク、短時間勤務など、柔軟な働き方を支える制度づくりが求められます。(1)

 

治療と仕事の両立支援の難しさと対策

 

「治療と仕事の両立支援」が育児や介護との両立支援と大きく異なるのは、何らかの病を持つ方を対象としているため「医療機関との連携」が欠かせないことです。しかし、「制度を作ること」と「実際に運用すること」の間にある隔たりを感じ、「実際に運用する上での困難さ」を感じていらっしゃる人事担当者の方は少なくないのではないでしょうか。

 

例えば、主治医から「過度な残業や負荷は避けることが望ましい」と書かれた意見書が届いたとします。どの程度が「過度」なのか、あるいは出張は可能なのか、配置転換は必要なのかといった判断に迷った経験をお持ちの方も少なくないはずです。

 

医療用語を就業上の配慮に置き換える作業は想像以上に難しく、「治療と仕事の両立支援カード」など、「主治医から就業上の意見を得るための様式例」によって、就業に関する主治医見解を得やすくなっているとはいえ、担当者の方だけで抱えるには負担が大きいものです。

 

さらに、治療と仕事の両立支援の難しさは「前例が通用しにくい」ところにもあります。同じ病名であっても、病状および治療内容や副作用、体力の回復度合い、不安要因や不安の度合いは人それぞれです。このためマニュアルだけでは対応しきれず、個別性の高い判断と対応が求められます。

 

さらにこれらは互いに影響し合い、時間の経過とともに変わり得ることから、場合によっては「医療機関との継続的な連携」が求められ、支援に対して心理的ハードルを感じる方もいらっしゃることと思います。

 

そこで心強いパートナーとなり得るのが、主治医として責任を持つ経験のある医師です。そのなかでも総合診療医(家庭医・プライマリケア医)は、病気そのものだけでなく、その人の生活や仕事、家族背景、心理面なども含めて全体を見ながら診療を行います。身体の病気とメンタルの不調の両方に目を配り、必要に応じて臓器別専門医とも連携するなど、「働きながら治療を続ける人」を生活者として支える視点を持っています。

 

また、多職種との連携に慣れているため、医療上望ましい配慮と本人の価値観、および職場で実現可能な対応との間を丁寧にすり合わせ、現実的な落としどころを一緒に考えていきます。とはいえ、身近に総合診療(家庭医療・プライマリケア)をバックグラウンドに持つ医師が見つからないという場合でも、人事担当者の皆さまがすべてを抱える必要はありませんので、どうぞご安心ください。

 

各都道府県の産業保健総合支援センターや地域産業保健センターでは臨床経験のある医師によって専門的な相談を受けることができますし、多くの病院にはソーシャルワーカーが配置されています。利用できる外部資源を知っておくだけでも、対応の見通しが立ちやすくなることと思います。

 

治療と仕事の両立支援における多職種連携とは

 

職域における「多職種連携」では、「上司、人事・総務、産業保健職、心理職」といった職種の方々をまず最初に思い浮かべられるかもしれません。ですが、治療と仕事の両立支援では、医療機関の先にいる多くの職種についてもぜひ思いを馳せていただきたいと思います。

 

医療者はソーシャルワーカー以外にも看護職、理学療法士、心理職、検査技師、放射線技師、医療クラーク、地域行政など非常に多くの職種の人々と連携しています。医師が書く意見書には、こうした方々がそれぞれの目線で関わることで集約された医療記録から書かれています。

 

もし、医療機関から就業に関する医師意見書を受領された際には、その意見書が、そういった職種の方から情報を得てどのように作成されているのかについてもご本人を通じて聞いてみていただけると心の通った連携に発展することでしょう。

 

これからの企業と人的資本経営に医療専門家というパートナーを得ることについて

 

従業員が安心して働き続けられる環境は、離職の防止につながり、経験やスキルを持つ人材の流出を防ぎます。また、「社員を大切にする企業」というメッセージは組織への信頼を高め、採用力の向上にも寄与します。

 

人的資本経営が重視される今、両立支援は企業価値を支える重要な取り組みともいえます。そして何より大切なのは、「困ったときに相談できる相手がいる」という安心感です。判断に迷った段階で、早めに専門家へ相談することで結果的に対応の質もスピードも高まり、健康状態の悪化を予防することにもつながります。

 

これからの企業に求められるのは、病気になったら働けなくなる職場ではなく、病気になっても力を発揮し続けられる職場をつくることではないでしょうか。その第一歩として、ぜひ医療の専門職を身近なパートナーとして捉えてみてください。

 

総合診療(家庭医療・プライマリケア)は、人の人生に伴走する医療です。従業員一人ひとりの背景や価値観を尊重しながら支援を考える姿勢は、きっと組織の持続的な成長にもつながります。もし対応に迷う場面があれば、「まだ相談するほどではないかもしれない」と思う段階でも構いません。どうぞ気軽に専門家を頼ってください。その一歩が、従業員にとっても企業にとっても、より良い未来につながっていくはずです。

 

 

 

<参考文献>

(1)事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン 厚生労働省

 

文章出典:​​​​​​​人事・総務向け「ウェルビーイング経営」サポートメディア「ウェルナレ」専門家記事より寄稿

 

この記事の著者

安藤 明美

安藤 明美

総合診療(家庭医療・プライマリケア)をバックグラウンドに持つ産業衛生専門医。
労働衛生コンサルタント(保健衛生)。
株式会社ファーストリテイリングの産業保健黎明期に産業医として係わる。
その後、2022年 安藤労働衛生コンサルタント事務所を開設。現在は情報通信業の統括産業医を務め、健康経営や人材育成など企業成長を医療専門家としてサポートしている。
北地域産業保健センター登録産業医、東京都産業保健総合支援センターにて両立支援コーディネーター向け事例検討会講師(2025年度)

※X (旧・Twitter):@akeminnko